スタッフの取材日記

大阪の取材日記 4月号

大阪名物 お好み焼の歴史

大阪名物 お好み焼の歴史

お好み焼の歴史を紐解いていきますと、その始まりは豊臣秀吉時代に千利休がお茶に添えるお菓子として作ったのが最初と言われています。
のちに大正時代、子供たちのおやつ代わりとして浸透した「ちょぼ焼」をベースに、さらに具材を入れた「一銭洋食」となり、やがてお好み焼へと発展しました。そして戦後の食糧難のときに、安くておなかいっぱいになる食べ物として世の中に広まりました。
昭和二〇年代後半になると、様々な具材を入れたり、マヨネーズなども加わり一部高級な食べ物として扱われるようになっていきました。
そうしたお好み焼の噂は口コミで広まり、当時はステーキ、寿司と肩を並べるくらいにまでなりました。今では想像がつかない世界です。
しかし、昭和三〇年代から四〇年代にかけての高度成長期時代になると一般家庭でも広く食されるようになったことで、現在の庶民的な味へと移り変わっていきました。
また、お店のスタイルも時代の流れとともに様変わりしていきました。テーブルで自分たちで焼く楽しみもあれば、カウンター越しにプロの職人が見事に焼き上げるスタイルも登場し、それぞれの特徴が現れてくるのでした。
また、具材の種類も豊富になり最近では女性に人気のチーズ入りが登場したり、ほうれん草などの野菜入り、お好み焼なのに小麦粉をあまり使わず、山芋と玉子で生地を作るとても贅沢な山芋焼も注目されています。
健康志向を取り入れた大阪の食文化の進化はなるほどうなずけます。
大阪に来たなら、やはり本場のお好み焼を味わってみてはいかがですか。

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