
ここ最近「京町家」が注目されている。改装された飲食店や物販店などが、さまざまな町家を舞台に展開され、大変な賑わいを見せている。昔の人の知恵が見直され、大変喜ばしい光景である。
深く覗き込んでいくと、多くの人々の思いが盛り込まれた生活文化、京の伝統文化を「町家」で発見することができる。
一言で「町家」とは?と聞かれ、家の外に「格子」や「虫籠窓」があって、中には「坪庭」や「蔵」があって…と、あれやこれや視覚的なところをその定義にして答えてしまう傾向がどうにもある。
そもそも「町家」とは、戦前に釘を極力使わないという伝統工法で建てられた「町中にある家」が基本で、京都で言えば、今の上京区、中京区、下京区あたりがそうだと言える。
造りに関する基本は、玄関が通りに面していること。家に入ると、まずは「通り庭(表から裏口まで続く土間のこと)」があること。その沿いに表から順番に「店の間」「生活部屋」「座敷」の部屋があることである。「通り庭」は、「店庭」と「走り庭(今の台所)」とに分かれる。「走り庭」は、家事で表から裏までを忙しくバタバタと走ることからそう呼ばれるようになった。また、火を使う場所なので、火が届かないように吹き抜けになっており、高い位置にある天井の「梁」も町家の特徴である。
本来、「中庭」は、所帯が大きくなるにつれて、家も大きくなり、部屋がいくつも必要となることで、暗く奥まった室内に光と風を通すために設けられたものであり、必要に迫られて出来上がったものである。「蔵」も同様に、商売が大きくなるにつれて必要となり、造られたものである。いわば、庭と蔵があるのは、「ええとこの家」になるわけです。
本来、間取りの狭い「京町家」では、階段箪笥や隠し階段で押入れを有効利用するなど、生活の知恵を随所に見ることができた。
その後、世の中の生活スタイルの変化から、「町家」の必要性は薄れていき、建物の様式も変わっていった。特に、昭和40年代以降の「畳のない生活」の台頭が時代を変えたと言える。
しかし、現在では、昔を知らない世代にとって、全く新しい文化のひとつとして受け入れられ、日本人の求める「やすらぎ」、「落ち着き」、「癒し」を「町家」に見出し、見直されている。
マナーとルールを守りながら、何らかの形で町家を使えれば、昔の人々もきっと喜んでくれるはずである。
これからも過剰な増改築は避け、「町家」がもつ良き伝統は残し、人々が協力し合いながら、心ある建物「町家」を見守っていきたい。
取材協力/京町家再生研究会小島 冨佐江 理事
清水家Rakuchin