真に京都を味わう旅のクライマックスを飾るに相応しい銭湯、「船岡温泉」。
大正12年(1923年)に旅館「舟岡桜」の付属浴場として営業を始めた当時は、西陣の旦那さん達が夜な夜な通う「ちょっと高級なスーパー銭湯」のような存在でした。
現在にいたるまで、その豪華な脱衣所の内装は変わることなく維持され、登録有形文化財に指定されています。
京都には銭湯は数多くあれど、大正時代の空気にとっぷり浸る体験ができる銭湯はここだけ。
近所の常連さんだけでなく、銭湯ファン、京都通の人々にこよなく愛される場所です。
透かし彫りやタイルの装飾を目で楽しみ、お風呂で疲れを癒し、常連さんの話に耳を傾けながら風呂上りのドリンクを飲む・・・
五感すべてで堪能する贅沢な時間がここにあります。
【外観】
なるほど、旅館の風情が漂う外観ですね。唐破風は1928年のもの。
【玄関】
全自動ドアの玄関の向こうには、マジョリカタイル。
【下駄箱】
「つるかめ」の下駄箱は、20年ほど前に新調されました。
【番台】
番台では、シャンプー、石鹸、歯ブラシ、剃刀など、一通りのものを販売。忘れ物があっても大丈夫。
【入り口】
男湯と女湯は、日ごとに入れ替わります。
どちらに入っても、基本的に設備は同じ。ただし、装飾品や配置が異なります。
さ〜て、今日は右か左か、どちらでしょう。。。
【脱衣所】
脱衣所に入ってまず最初に目を奪われるのは、天井から脱衣所を見下ろす真っ赤な天狗!
鞍馬天狗が、牛若丸に剣術を教えている場面です。
この銭湯が「鞍馬口通り(=鞍馬へ続く道)」にあることにちなんで、鞍馬天狗が飾られているそうです。
左の湯で見ることができるのは、「葵祭」(浴室側)と「上賀茂神社の競馬(くらべうま)会」(休憩コーナー側)。
地元の人々が毎年楽しみにしている行事を臨場感たっぷりに表現しています。

さて、これらのテーマとちょっと様子が異なるのが、天狗の真下に位置する一番大きな作品。
右の湯と左の湯を中央で仕切る壁上にありますので、どちら側からも見ることができます。
大砲、騎馬兵士、軍艦、飛行機・・・どうやら戦争風景が描かれているようです。
御目出度いモチーフが並ぶ中に、なぜこのような戦争風景が描かれているのか?
そこには、戦時中の日本を反映した答えが隠されています。
船岡温泉が創業した1923年、ひとりの彫刻士がこれらの透かし彫りの制作を始めました。
なんと、10年もかかって一連の作品を完成させたのです。
葵祭や鶴亀などの題材を彫ったあと、最後に残された中央仕切り壁のスペース。
ここを飾るべき題材を決める時、日本を席捲していた話題が、1932年に起きた上海事変における『肉弾三勇士(爆弾三勇士)』でした。
爆薬を抱えて自爆攻撃をした彼ら三勇士の話は、当時、日本中が讃える美談として熱狂的に世間に広まっていたのです。
つまり、京都の歴史的祭事や鶴亀の図案と並ぶほどの、『祝うべき事柄』であったわけです。
それから70年余り・・・変わりゆく時代の中で、人々の複雑な想いを受け止めながら、静かに時代を見守り続けている彫刻です。
【渡り廊下】
脱衣所と浴場を結ぶ渡り廊下は、マジョルカタイルで装飾された鮮やかなスペース。
このタイルも創業当時からのもので、大正時代に流行していた様式です。
女性の心をくすぐる可愛らしいレトロ感がいいですね。
この渡り廊下にも秘密が隠されています。
渡り廊下を支えているのは、「菊水橋」。
もともとは千本鞍馬口にあった公共の橋なのですが、市電が通るために廃棄されることになりました。
それを移築したのが、この橋なのです。
今では市電も姿を消しましたが、菊水橋はここで毎日、脱衣所と浴場の架け橋として鎮座しています。
【浴場】
浴場内部は現代風に改装され、広々とした空間。
露天風呂、内湯、くすり風呂、サウナ、水風呂、日本で初めて導入された電気風呂・・・
様々な種類の浴槽をゆったりと楽しむことができます。
右の湯と左の湯、それぞれレイアウトは異なりますが、同じ種類のものが設置されています。
湯水はすべて地下水。「温泉」と名はつきますが、天然の温泉ではありません。
創業当時に認可された名前が「特殊舟岡温泉」だっため、その名前が受け継がれているのです。
京都盆地の下を流れる豊かな地下水が汲み上げられて、湯船を満たします。
【休憩コーナー】
風呂上りのビールで「プハ〜ッ」と爽快感を味わうも良し。
マニアにはたまらない(?)レア物ドリンクを試すも良し。
哀愁漂うソファで、常連さんたちに混じってひと休憩する頃には、
「あぁ、この近所に住んでいたらなぁ・・・」と思わずにはいられません。