全山鉾の中で最大の月鉾は、まさに美術品の宝庫!
細部まで堪能したい月鉾の魅力をご紹介。
01.鉾頭
02.天王人形
03.天王台
04.真木
05.和縄(しゃぐま)
06.白幣
07.榊
08.綱かくし
09.大屋根
10.軒回り
11.天水引
12.稚児人形
13.欄縁
14.胴水引(下水引)
15.隅房
16.前懸
17.石持
18.隅金具
19.二番水引
20.三番水引
21.胴懸
22.音頭取
23.力綱
24.囃子方
25.車輪
月鉾のシンボルは、もちろん「月」。
鉾頭には新月が輝き、かえる股には月の化身であるウサギがいます。
このウサギは左甚五郎作と伝わっており、口を閉じた1羽は前面に、口をいかめしく開けた1羽は後面のかえる股に取り付けられます。
金色の輝く波間に跳ねるウサギは、優美で躍動感たっぷり。
(一般拝観で鉾にあがると、近くで見ることができます。)
月と対をなす太陽の化身が、「やたがらす」。
様々な信仰とともに各地で見られる「やたがらす」は、月鉾においては太陽の象徴として言い伝えられています。
「陰と陽があって物事は完全体となる・・・」古くからの神事に込められてきた教えが生きています。
(こちらは屋根部分に取り付けられますので、鉾の上にいる時は見ることができません。)
高さ26m、重さ12tの巨体が身にまとう懸装品の数々。
一般搭乗の期間中は、それらを間近に見ることができる貴重な機会です。
大屋根の裏側は、円山応挙による草木図(1784年)。
「カンゾウ、カエデ、タチアオイ、カキツバタ、綿、撫子、ユリ、テッセン」などの夏に咲く草花8種です。
天井の裏側は、岩城九右衛門によって完成された源氏五十四帖の扇面散図(1835年)。
金箔地に浮かびあがる扇子に、源氏物語の各章を象徴する物が描かれています。
天水引は、円山応挙の孫・円山応震が下絵を書いた「双鸞霊獣図刺繍」(天保時代)。
朱雀や獅子などの神獣が浮かび上がる刺繍は、羽根の一本一本にいたるまで精巧につくられています。
胴懸は、ムガール王朝時代のラホール絨毯(17世紀前半)。
他に同一文様で現存しているものがなく、保存状態が良いことから、非常に貴重な文化財とされています。
鉾に取り付けるのは複製のため、本物は一般拝観期間中の町会所で見ることができます。
見送は、皆川月華作の花鳥図染織繍「黎明図」(1952)。
タチアオイの花を中心に、白鳥や雉などの鳥が躍動する図柄です。
稚児人形「於菟麿(おとまろ)」(1912)。
鞨鼓を下げて、美しい衣装に身を包んでいます。
1902年までは月鉾に生稚児が奉仕した記録が残っていますが、約100年前から稚児人形へと変わりました。
粽や手ぬぐいなどのグッズを購入し、鉾に上ってみませんか?
祭りの高揚感を味わい、美術品を間近に見ることができる、絶好の機会です。
昼間のほうが空いていることが多く、十分な明るさの中で鑑賞することができます。
夜間は鉾上で囃子の演奏があり、宵山の雰囲気を最も楽しむことができますが、混みあっている時はゆっくり鑑賞できない場合もあります。
月鉾保存会理事長
斎藤さん
「祇園祭は、宵山と巡行が最も華やかな見せ場ですけど、実際には1ヶ月に渡る庶民の神事。
せやけど、私にとっての祇園祭は、1ヶ月どころか1年中かかりっきりの行事なんですわ。
鉾の修理や関係者との折衝、翌年の準備・・・、つつがなく執り行うための準備を毎月積み重ねていくんです。
人間関係を円滑に保たへんと、そうやって綿密に準備を進めることもできませんから、そのあたりが一番気ぃ遣います。
それが毎年繰り返されていきますから、年がら年中、ずっと祭りのことを考えてますね。
7月に入ると、『何事も無く終わるように・・・』というのが、まず第一。
26mもある真木を建てたり、大きな車輪を鉾に取りたり、失敗は許されへんからね。
鉾が倒れてしもたら大事故になるやろし、巡行もできんくなります。
12日の夕方に曳き初めが無事に終わったら、少〜しだけ、肩の荷が降りた気ぃしますわ。
巡行当日には、あの大きな鉾を50人以上で操るんやから、何が起こるかわからない緊張感があります。
沿道からたくさんの人が見てくれはる嬉しさも感じますが、事故が無いよう気を配ることが最優先。
巡行を無事に終えて町会所に帰ってきたら・・・、まだ終わりじゃないんです(笑)。
翌日、神様を降ろして、真木を抜くために、鉾を倒します。
鉾を建てる時と同じで、倒す時も危険な作業なんですわ。
せやから、鉾をあらかた片付け終わるまで緊張は解けません。
鉾の解体が無事に終わったら、夕方にみんなで銭湯へ繰り出して、ひとっ風呂浴びるんです。
さっぱりした後は、もちろんお酒。
この時になってようやく、大きな溜息と一緒に、張り詰めていたものが抜けていきます。
何日も続いた忙しさと緊張もほぐれて、仲間を慰労し合いながら開放感を味わいます。
おおよその数ですけど、月鉾に関わる人手は、曳き子50人、作事方40人、囃子方50人、保存会関係者30人。
直接的に関わる人数だけで、約200人います。
祭り全体で考えたら、お世話になっている人はもっとたくさんいます。
こんなにも大勢の手がかかって、はるか昔から火災や戦争を何度も潜り抜けて受け継がれた祭りですから、新たに伝えていく責任の重さも1100年分。
祭りを無事に終えると、その歴史を新たに積み重ねた嬉しさがこみ上げてくるんですわ。
そうして8月になると、翌年の準備が始まります。
この神事が無事に受け継がれていくことを願いながら、こうして毎年祭りを伝えていくんです」